水源逍遥・顔振峠

1998年11月28日は暖かい初冬の1日だった。西武新宿線
の吾野駅から国道299号線を渡り、川幅3〜4m程度の高麗
川の源流部の小さな橋を渡る。緩い登りをゆっくりと1時間も登
ると顔振峠に至る。顔振はコウブリともカアブリとも読むようだ
が現地の標識ではカアブリとなっていた。
 澄んだ初冬の空の向こうは、箱根山地から丹沢山地そして
奥多摩の山々をくっきりと見せていた。手前には低い奥武蔵
の山々がうねうねと連なっている。奥多摩の山、大岳山と御
前山の間から真っ白な富士山が顔を出している。川苔山から
蕎麦粒山、ミツドッケから酉谷山に至る長沢背稜もくっきり見
える。一番右には袈裟懸けにばっさり切られた武甲山がある。
あの堂々とした三角形の山は半分にそがれて、右肩を下げた
力無い姿で立っている。

今日は絶好の山座同定日和だ。
長沢背稜が尽きる当たり、その向こう側には東京の最高峰、雲取山があるはず。
そしてそこから奥秩父の山脈が金峰山まで連なっている。さあ、北八ヶ岳の
和田峠にある黒曜石を求めて旅を始めよう。奥秩父の尾根に付けられた山岳道路
の始まりだ。石器時代から連綿と続いたロマンチックな街道がひっそりと
待っている。こんな「うらうら」とした日よりは
遠い歴史を辿るのにも最適な日よりなのだ。
こちら、奥武蔵から南西に富士山が見える奥多摩に抜け
る峠はそんなに多くないのだ。名栗から青梅に抜ける小沢峠
より西の峠は徒歩の道となる。奥多摩町の霊場、日原鍾乳洞
は蕎麦粒山の少し西の仙元峠を越える。50年ほど前までは
頻繁に交流があったこの峠道は、今では物好きな登山者がた
まに通るだけの道になってしまった。獣道と交差して、どち
らが人間の道か判断できず、ほとんどの登山者が迷うそうだ。


顔振峠から北東に下ると黒山三滝から越生に至る。黒山三滝下にる
途中にはまるで孔子像のような役の行者の石像が立っている。
付け根から幾つにも枝分かれした、大きなカエデの下で、左右に
2匹の鬼を従えて立っている。下りきった所が黒山三滝で、昔から
の保養地で鉱泉宿が幾つかある。ゆっくり湯に浸かって飲む
ビ−ルの味は格別だ。


戻る