水源逍遥・中津川

出発は三峰口



 2001年2月24日、天気予報は雨で、「山間部では雪も降 るかも知れない」と言っていた。予想通り朝から雨だったけれど、 強い降りではなかったけれどかなり寒い天候だった。
西武池袋線で西武秩父まで行き、秩父鉄道お花畑から三峰口に向 かった。小雨が降り、山肌にガスがまつわりついているはいるけ れど、空は明るくガスも高い。煙る山々は墨絵のように美しく、 雨の景色も悪くない。集合時間より1時間も早くついてしまった。
久しぶりの三峰口を一人で楽しみたくって早起きしてきたのだが 、正解だったようだ。駅前の食堂に入って名物(?)けんちんそ ばを注文して熱燗を追加した。「久しぶりの三峰口なんですよ」 と言うとご亭主は「ちっとも変わってないでしょう」と答える。。。。。
久しぶりとはいっても40年ぶりなのだから過去の記憶がまったく 欠落していて懐かしさに実感を伴わない妙な感じなのだ。
ちょうど40年前の3月、奥秩父単独縦走にチャレンジした。全く 無鉄砲な若者だったことに少しばかりの反省の思いがよぎって行く。

平賀源内居             歴史ある民家


 今回の旅は数年前から中津川の魅力に取り付か れて数え切れないほど通い詰めている研究者が 企画し、案内までしてくれるという贅沢な旅に なった。今回のメンバーは山のグループ 「やまご」の会員だけの女性3名男性4名の構 成だ。山の初心者もいるが、大半が「ん」10 年のキャリアの山屋たちだから実に気が楽である。
バスは日に4本、10:10発中津川集落行きに 乗る。乗客は我々以外にもう一人の8人のみだ。
中津川は現在ダム工事が進行していて大規模な工 事サイトを見物しながら無駄話をしていた。水利 権は5/1で埼玉県と東京都で分けるそうだ。
最近脱ダム宣言をした知事もいる。ダムの建設費 と維持費の全てを使って、別な手法で水を確保す るというコンペをやったらいいのに〜〜〜と考え てしまった。私にもアイデアはある。ダムに沈む 地域には景勝地が多く保護区もあるらしい。

どういう手段を使って工事推進が行われたのか「知りたい」との意見 もあった。ほんとに知りたいね。

中津川集落唯一の民宿「中津屋」に旅装を解いて、平賀源内が住んで いた住居を外から見学。信玄や源内の時代に掘削した時に出たズリが 堆積し、すでに自然風景の帰った場所などを歩いた。登山靴とロング スパッツ、ゴアテックス上下の完全装備だから雪の中が嬉しかった。

県の施設、彩の国ふれあいの森にある「森林科学館」を尋ね、館長さ んから直接案内と解説を賜る。樹とコンクリートとガラスをミックス した科学館と国民宿舎は近代的木造建築物だけれど私の趣味ではない。

夜は食事の時に民宿の主から彼の独特な源内論を聞いた。
「源内は当時の日本では重要な人物だった。中津川に長く関わったこ とは彼だけでなく、当時の日本の損失だった」という概要だった。

部屋に引上げてからは2次会「うんちく」を肴に12時過ぎまで笑っ ていた。旨く年を重ねた人の話は面白い。冗談も嘘も誇張も引用の歪 曲さえ笑いの対象となった。


集落の最高点・幹部の住宅街跡
集落の最高点・迎賓館跡
幹部居住地の上に聳える美しい赤岩岳
朝、目を覚ましたのは6時、まだ寝たりないが起 きることとする。外を見ると雨は上がって天候は 回復する兆しがある。気温は低いらしく風花が舞っ ている。身支度をしてスケッチブックとデジカメ を持って外に出る。民宿の隣は源内が住んでいた 家を敷地内に持つ屋敷だ。旧家で築400年以上 の木造2階建ての堂々とした構えの屋敷である。

昼のお弁当に「おにぎり」を作って貰い、民宿の 主に鉱山まで送って貰う。着いたところは両神山 の西山麓、標高900mあたりだ。前山がジャマ をして両神は直接見えないが、目の前には赤岩岳 がデンと座っている。赤岩岳の南面すなわちこち ら側は頂上から100m以上の垂壁となっていて縦 に節理が走る赤い岩壁だ。昔取った杵柄で自然に 登攀ルートを探している。やはり石灰石の崖のよ うなのでボルトを多用する人工登攀以外で登るの は不可能だろうと思ったけれどインターネット で検索してみると結構簡単なルートもあるようだ。

日差しの加減で赤岩岳の岩壁だけに陽が当たった 時の輝く美しさには魂を奪われてしまったよう に眺め続けさせられると案内者は言う。
この鉱山町は小倉沢地区というところにあり現在 住民台帳上の人口は30人程度だそうだ。最盛期 の人口は3000人あったというから、人口の落 ち込みがドラスチックな現在の鉱山は大理石の粉 末を細々と生産しているにすぎないそうだ。普通 鉱山というものは、閉山する時全ての施設を解体 撤去するものらしい。しかしこの鉱山は金がない ので片付けられないらしい。ま、グループ会社が 水俣の賠償をきちんと精算するまで支援してくれ るなら目をつぶろう。
誰も住まなくなった社宅
郵便局はちゃんと機能している
すでに人の住まない町はうらぶれて一際寂しい。
しかしこの町は美しい岩肌の見せる赤岩岳をバッ クにして、今直生き続けているような雰囲気を 保っている。この景色を壊してしまうのはなん だかもったいない気がしてきて何とか活用して 保存できないものだろうか?体験学習やレンタ ル別荘を格安で供給できれば流行るかも知れな い。先頃倒産した宮崎のシーガイアと比べれる までもなく、こちらは全てが償却済みの施設だ ろうからほとんど維持費はいらないのではない だろうか。

使われなくなった施設内部
まだ稼働している工場

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